スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師

Sweeney Todd : The Damon Barber of Fleet Street
観た日 2008-02-01

クリストファー・ボンドによるオリジナル・ストーリー(’73年)をもとに、’79年、スティーブン・ソンドハイムとヒュー・ウィーラーがブロードウェイ・ミュージカルとして誕生させた『スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師』。人知れず殺人を犯しその肉を食べる、というシリアル・キラーとカニバリズムの「都市伝説」に基づいたヴィクトリアン・ストーリー。ミュージカル映画、しかもオリジナル舞台をそのまま映画化したものであり、歌われる楽曲もそのままだ。

しかし予告編では”歌”の“ウ”の字も出なかった。私も当初はまったくのストレート・プレイだと思って、ティム・バートンとジョニー・デップのコンビがこの血みどろの復讐劇をどう料理してくれるのか、期待大だったのだ。この予告編の、ある意味「インチキ」ぶり、「だまし」には英紙ザ・ガーディアンの評論家も頭に来たらしく、わざわざYOUTUBEの予告編まで貼り付けて記事を書いていた。

色彩設計、美術・セットが素晴らしかった。まさにオスカーものの職人芸。『コープス・ブライド』と『シザーハンズ』を掛け合わせ、そこからポップな色を抜き取ったようなイメージ。ブルー・グレイに薄汚れた19世紀半ばのロンドンの陰鬱な市街。殺人の舞台となる理髪店、パイ屋の造形など生々しい手触りがあった。唯一のヴィヴィッドな色である「血」の描写が、容赦なくリアルなところがよかった。ストーリー的には女の情念の怖さ。トッドの亡き妻にからんでの最後のどんでん返しは見事だった。

俳優たちの歌も達者なものだ。しかし、ストレート・プレイなら1行のセリフですむところを、延々5分の歌で聞かせるのがミュージカル、どうにも「間」が持たない。延々と歌を歌ってくれるお陰で、たとえばカメラがなめるように捉えるジョニー・デップの姿を、視姦するかのごとき好色の目で見つめることもできるのである。が、好きな場面ばかりではなく、話の展開上見なくてはならない場面まで歌にあわせて「じっくりと」見せてくれるのである。その、「じっくりと味わうようにすり込まれていく感じ」に、私などはむずがゆくなってしまうのである。もしそれが録画で、すでに話の筋を知っているなら、ほとんどの場面を早送りしていると思う。おもしろくなくはない。楽しめなかったわけでもないのだが。

映画としてのテイストは大好きだけれど、終始「自分が見たかったのとは違うよなあ」という抵抗感があった。同じ俳優・同じ設定でストレート・プレイを作ってくれないかな。
category : [Films] Screen 2008
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