【カテゴリー [Films] Screen 2007の記事リスト】
- 2008 / 09 / 08 「 スポンサーサイト 」
- 2007 / 12 / 31 「 ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記 」
- 2007 / 12 / 25 「 アイ・アム・レジェンド 」
- 2007 / 12 / 22 「 PEACE BED/アメリカ vs ジョン・レノン 」
- 2007 / 11 / 25 「 グッド・シェパード 」
- 2007 / 11 / 24 「 ボーン・アルティメイタム 」
- 2007 / 11 / 14 「 ブレイブ ワン 」
- 2007 / 11 / 03 「 ヘアスプレー 」
- 2007 / 10 / 28 「 幸せのレシピ 」
- 2007 / 10 / 22 「 エディット・ピアフ/愛の讃歌 」
- 2007 / 10 / 14 「 プラネット・テラー in グラインドハウス 」
●ナショナル・トレジャー/リンカーン暗殺者の日記2007 / 12 / 31 ( Mon ) No. 92
National Treasure / Book of Secrets
観た日 2007-12-27 大スクリーンで見たから仕掛けの大きさで退屈せずにすんだ。第1作目をTVで見たのだが、10分持たなかった。ニック・ケイジもショーン・ビーンもジョン・ヴォイトも大好きな俳優なのに、である。それはともかく。 今回楽しかったのはロンドン・ロケである。バッキンガム宮殿に入り込み、女王の執務室にまで潜入、好奇心を満たしてくれる。あとはド派手なカーチェイスを、シティやサウスバンクあたりでやってくれるのだ。大通りは広いけれど、昔ながらの狭い路地も多々残るシティ。よく許可したなと思えるほどのスレスレ加減でブチ壊しつつ、同時に観光もさせてくれる。ロンドンのほかにはワシントン、パリ、ラシュモア山登山に洞窟探検、楽しいディズニー・ワールドである。 前半はコンピュータを駆使したハイテク作戦が展開される。しかし主人公の名がゲイツなのに、タイアップして使っているコンピュータ関係がiPodを初めとしたマック戦隊なのでアタマがくるくるした。後半、ラシュモア山に移動してからはアナログもアナログ、まるでインディ・ジョーンズであった。それにしてもこんなに易々と「宝」に行き着いていいのか。ラストも「宝」はすべて手の届かぬところに・・・、と思いきや、発掘調査まで始めているではないか。うまく行かせすぎじゃないか。 ゲイツの父が襲われて携帯のデータをすべてコピーされ、携帯での会話を盗聴されていることに思い行かなかったり、アビゲイルがゲイツの敵である(敵でなければライバル)ウィルキンソンにいともあっさりと「暗号を発見した」と話すところとか、おいおい、である。学者さんはお人よしで、人を疑うことを知らないのかね。 ディズニー映画なので冒頭、リンカーン暗殺にからむシーン以外は人が死なない映画である。今回悪役のエド・ハリスも最後は自分を犠牲にして誇り高く消えていく。それはいい。しかし、これだけの俳優たちをそろえて、見終わったあと何も残らない映画というのもないな。いや、見ているときはとても楽しかった。俳優陣と、観光名所のお陰。しかし映画館の外に出たら、自分の中に何も残っていなかった。ディズニーじゃなかったら、もっとダークでタフでシビアな宝探しが見られたのだろうか。 唯一の謎は「秘密の本」の47ページに何が書かれてあったか、なのだ。
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●アイ・アム・レジェンド2007 / 12 / 25 ( Tue ) No. 91
I Am Legend
観た日 2007-12-19 2013年、癌征圧のために開発されたクリピン・ウィルス。救世主となるはずのそのウィルスが突然変異を起こし、キラー・ウィルスとなって人類に襲いかかった。感染者は脳に異常をきたし凶暴化、確実に死に至る。感染源であるニューヨークは封鎖され、人々はパニックと絶望の中、取り残される。3年後、マンハッタンから人間の姿は消滅、動物園から逃げ出した鹿やライオンがサバンナのように行き交っていた。ただ1人、免疫を持っていたため生き残ったウィルス研究者ロバート・ネビル(ウィル・スミス)は相棒であるシェパード、サムとともに孤独なサバイバル生活を続けながら、人類の希望となるはずのワクチン開発に取り組んでいた。 冒頭の、巨大なゴーストタウンと化したニューヨークの風景が素晴らしかった。ワシントン・スクエア、ブロードウェイ、タイムズ・スクエア。シュール!この風景には感動すら覚えてしまった。しかしあとはウィル・スミスを見る映画であって、ストーリーは先細りの尻すぼみで、あっけに取られるような結末の安易さ。これだけの道具立てでこれだけ?という感じ。広げた風呂敷が大きすぎた。 キラー・ウィルスに感染し発症した人間が凶暴なゾンビのようになって同類を襲う、というのは『28日後』とそっくり。ワクチン開発の経過もスジが読めてしまうし、途中からネビルの他に生存者がいるとわかるのだが、彼らのキャラクターも生かされず、ただのコマ合わせでつまらなかった。 さらに気になるディテイルの矛盾。たとえば封鎖されたマンハッタンでほぼ死に絶えたはずの人間の、その屍が一つもないのだ。埋葬はされたのか?何万という人間をどうやって?放置されたのならその残骸がストリートにもあふれているはずだ。ゾンビと化した人間にすべて食い尽くされてしまったのか、腐食の気配すらない。ネビルの背景にはキラー・ウィルスに侵され死んでいった何百万という人間の叫びがあるはずなのに、それが聞こえてこない。ネビルがそれを意識的に遮断し、ステルスの翼の上でゴルフの打ちっぱなしをやることで、自分の理性をかろうじて保っているのだ、という解釈もあるだろうが・・・。 人っ子一人いないマンハッタンにバーチャル・ツアーをするような感覚を楽しめばそれでいいのかもしれない。いや、コンピュータ・ゲームの世界だ。ゾンビとのサバイバル・ゲーム。 ****** 原作はリチャード・マティスンRichard Matheson『地球最後の男』(I Am Legend)。今回が3度目の映画化。最初はヴィンセント・プライス主演で「地球最後の男」('64)、続いてチャールトン・ヘストンで「オメガマン」('71)。
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●PEACE BED/アメリカ vs ジョン・レノン2007 / 12 / 22 ( Sat ) No. 90
The U.S. vs. John Lennon
観た日 2007-12-12 「ジョン・レノンが撃たれたというニュースをあなたはどこで聞きましたか。」その質問にどんな答えが返って来るかで、その人のかなりの部分がわかる―というトリックがある。 このフィルムの時代背景はヴェトナム戦争(ジョンソン、ニクソン体制)。それを9・11/イラク戦争(ブッシュ体制)とダブらせている。当時のジョンの主張、War is over, if you want it. は今も変わらない願いであり、All we are saying is give peace a chance. が新しいスローガンになる、という組み立て。新しいことは何もない。ジョンがFBIの監視下に置かれていた、というのはすでに周知のことであるし、伝記を読めば知ることができる事実ばかりだ。 こういう映画を見るとき、自分をどの立場に置くかでまったく違った映画になる。作り手としても、見る側としても。作り手の意図のままにどうとでも編集できるし、ジョンの側に立って見るか、政府側に立って見るか、遠い国の遠い話として見るか、目の前の切実な問題としてみるか。なるべく距離を置いて見る、というのが私の見方だった。政治的な判断をくださないこと、影響を受けないこと。ただ、なつかしい友に会うようにジョンの姿をスクリーンで見たかった。敵であれ味方であれ、ジョンを知る人が彼をどう語るかに興味があった。 数人がインタヴューに応じている。中でも作家ゴア・ヴィダルがおもしろかった。当然ヨーコがインタヴューを受けているのでジョン側にかたむいたものだと心して見た。ところがヨーコはむしろ事実を淡々と述べているだけで、主張していない。編集されたのだろうか。ヨーコがジョンをいろんな活動に引っ張り込んだと思われているけれど、事実はまったく逆で、ジョンのほうがヨーコを引っぱりまわしたという感じさえする。ヨーコはむしろ控えめでジョンの後ろに立ち、ちょっと言葉をはさんでいた程度に見えた。 それにしてもジョンは早口でよくしゃべる。饒舌だ。口から先に生まれてきた男。私はジョンはもっと寡黙な男だと思っていたのだけど。「口は災いの元」を地でいったような感じもする。少年の頃からどこにいってもトラブルに巻き込まれたという彼。「俺の顔が嫌いなんだろう。性格が顔に出てるから」なんて。 昔ザ・ビートルスのファンだったという女性ジャーナリストとの会話(壁のポスターから見るとイブニング・スタンダードの記者)では、「あのころから僕は成長したんだ。君は成長していない」と痛烈。いつまでも昔のビートルズのジョンを求めるファンと変化し・成長していくジョンとのギャップ。ヨーコとの結婚、それに先立つシンシアとの離婚、ザ・ビートルズ解散、NY移住。ジョンが変化し、脱皮し、次々に脱ぎ捨てていった殻をあわてて拾い集めにまわるか、いまいましく踏み潰すか、無視するか。 ジョンの言動は、伝記や音楽雑誌・音楽新聞、ごくたまのTVの海外ニュース、そんなものでしか伝わってこなかった。ネットが普及していたらダイレクトに伝わってくるものがあったかもしれないけれど、ジョンの言動と私の間には「メディア」がいつも存在した。そのメディアがジョンをどう伝えてきたか。中学・高校の私にはわからなかったけれど、今ではメディアが決して真実ばかりを伝えているのではないと理解するようになった。そこに人が介在する限り、取捨選択があり、誤解・曲解・操作がある。意図する・しないに関わらず。ジョンの作った音楽だけが、他者の介在なしにジョンをまっすぐに伝える手段なのだとあらためて思った。 ジョンとヨーコがハドソン河だかイースト・リバーだかを見渡す川辺の公園に立つ場面がある。海につながるその景色はリバプールにそっくりだった。いや、そっくりというのは正確じゃない。リバプールを思い出させる情景、と言ったほうがいいのだろう。時々は思い出していたのかなあと思う。1度だけリバプールなまりに気づいた。
category : [Films] Screen 2007
COMMENTS OVERVIEWby しょうこ イマジンとともに平和のシンボル的な半分神がかった存在にされているジョンだけど、ビートルズ好きにはniceyポールにnastyジョンというのは知られているところだと思います。
このドキュメンタリーでは、それが良く出ている感じがしますね。ジョンも人間なんだと(笑) この平和活動もhair peace(piece), bag in, bed in,(in=ストライキ)とジョーク満載なのに、けっこうシリアスに攻撃されてとまどったからこそ、小生意気な子供みたいに反論したのかもしれませんね。 |
●グッド・シェパード2007 / 11 / 25 ( Sun ) No. 88
The Good Shepherd
観た日 2007-11-04 よき羊飼いは羊のために自らを犠牲にし羊を守る(ヨハネ福音書第10章)。CIAを作り上げた男エドワード・ウィルソン。彼にとっては「アメリカ」こそ羊であった。「アメリカ」のために私欲を捨て、尽くそうとする理想主義者は、同時に「アメリカ」に敵対するものには容赦がなかった。非情な諜報活動と国家戦略のせめぎあいの中、権力を手中にしていく。 主人公ウィルソンが寡黙なため、彼の感情の動きをクローズ・アップか小道具を動かすわずかな音や照明の陰影でとらえようとしている。その「間」を退屈と感じるか、繊細な描写と感じるか、で評価は分かれると思う。私は気に入った方だ。ちょうど「オーシャンズ13」を見、「ボーン・アルティメイタム」公開をひかえたマット・デイモンをじっくり見るつもりだったので多少ひいき目があるかもしれない。 キューバ危機を軸に、第2次世界大戦、戦後の冷戦を背景に、ウィルソンとソ連のエージェント「ユリシーズ」との20年間に渡る攻防を描いていく。 保護を願い出たソ連のスパイが実は贋者で、本物らしき別の人物が出現したエピソード。明らかに後から現れた人物が本物のスパイであると思われるのに、最初の贋スパイを肯定するかのような展開になっている。裏に理由があるのだと最後にはわかるのだが、納得できず甘さが出ていると思う。期待したアンジェリーナ・ジョリーは添え物のようなキャラクターだし、タルトゥーロも通り一遍。「1ドル札」のトリックが最後の最後にあっと言わせる。しかしそこまで3時間。確かに長かった。 心の奥に封印された少年の日の父の死の真相。妻マーガレットとの不毛な結婚、息子との確執。自分の感情を押し殺し、私生活を犠牲にしながら、心血を注いで作り上げた組織への不信感。私利私欲に走る高官。自分以外の誰も信じられないような猜疑心に囚われながら、彼はCIAにとどまり続ける。なぜならCIAは彼の作品であるからだ。
category : [Films] Screen 2007
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●ボーン・アルティメイタム2007 / 11 / 24 ( Sat ) No. 87
Bourne Ultimatum
観た日 2007-11-14 「自分はどこの誰なのか」―記憶を失ったCIAの暗殺者ジェイソン・ボーンがついに自分の過去を見出す。それは苦く非情なものだった。 今回の舞台は前回エンディングを迎えたロシアから始まる。そしてパリ−ロンドン−スペイン−タンジール(モロッコ)−ニューヨーク。 前2作以上の出来。前作ではカメラを振り回すカットが多くて頭が痛くなったが、今回は短いカットを小刻みにつなぐ、という方法にスライドしていて、スピード感、臨場感抜群だった。特にロンドン、ウォータールー駅でのシーンは出色。ボーンがCIAの裏プロジェクトを取材するザ・ガーディアンのジャーナリストと接触するシーンだ。ウォータールーはユーロ・スターの発着駅。乗客でごったがえすロンドンの日常の中で繰り広げられるスパイ同士の攻防シーンは見ごたえがあった。 まずベースとなる一連の流れを撮る。この場合ボーン、記者、CIAのコンビ2組、それに暗殺者、指示するCIAオフィスという5・6本の流れがある。それを短くカット割りしてつなぎ、あとからセリフを重ねる、という手法。たたみかけるようなボーンのセリフと動き、絶妙のタイミングでぶつかり、すれ違う場面場面が非常にスリリングで、息をつかせない。うなってしまった。しかも携帯電話という身近な、最も今を感じさせるツールをフルに使ってのシーン。ありえないはずの状況・設定をあっさりと手の届く、tangeable なものにしてしまった。(比べてタンジールの迷路のような街並みを使った追跡シーンはちょっと長すぎた。あと2分、短くしてほしかった。) CIA内部での展開もおもしろい。ボーンの敵が誰か、途中でわかる仕掛けになっている。昨日の敵であったパメラ・ランディが今回はボーンの強力な味方になるという設定。演じるジョアン・アレン、前作でもよかったが、今回も鋭い切れ味。 暗殺者であったはずのボーンが、次々と遅いかかる敵をかわしながら、最後にとどめをささない。殺さないのだ。その意味を考えさせられる。 ラストはニヤリとする、爽快感。アクション映画は1度見たら充分、と思う私だが、この映画はもう一度見たいと思った。マット・デイモン、歳相応に顔に渋みが出てきた。青い目がたびたびアップになるが、心を動かされるきれいさを持っている。 ****** 映画が終わるとエンドロールを待たずすぐに席を立ってしまう観客が多いが、今回は最後まで見ている人がほとんどでうれしかった。MOBYのテーマもいいし、グラフィックワークも退屈させない。観客の男性比率高し。 ≫≫ ボーン・スプレマシー
category : [Films] Screen 2007
COMMENTS OVERVIEWby withnail ロンドン、ウォータールー駅でのシーンを見るために、映画館に足を運ぼう!と思っております。うう、見たい!アイデンティティはテレビで見て、スプレマシーはテレビで見逃した。前作をレンタルして見なきゃ。でもって、モービーが音楽担当だったなんて!クールですのぅ。
by good child ウォータールー駅のシーンでは異様に緊張したというか、集中してました。
ボーンがユーロ・スターで乗り込んできたシーンはまさに「世界の車窓から」でしたね(笑)。相変わらずの“地球の歩き方”スタイルです(笑)。 2007年11月からユーロ・スターの発着駅がウォータールーからセント・パンクラスに移ったので、この映画が最後の大掛かりなロケになったようです。 暗殺者が最後に乗り込んだのはジュビリー・ラインですね。 ロンドン・ロケだともう目が爛々でございます(笑)。 |
●ブレイブ ワン2007 / 11 / 14 ( Wed ) No. 86
The Brave One
観た日 2007-10-31 予告編でのジョディー・フォスターのはりつめた表情にしびれ、テーマも報復殺人という興味深いものだったので見てきた。予告編を見たのみで前知識なし。監督がニール・ジョーダンだと知らず、冒頭彼の名がスクリーンに映し出されるとうれしくなった。何せ『クライング・ゲーム』に『モナリザ』だものね。 主人公エリカの職業は地元NY、FMラジオ局のパーソナリティ。街の音を拾い、それをバックにNYという街に生きる人びとの生活と心理を詩的な言葉で語りかける人気番組の作り手だ。知性と観察力、実行力と強い意志を持った女性である。インド・パキスタン系のハンサムな外科医のフィアンセは彼女に夢中で、2人は結婚式の準備に忙しかった。都会に暮らし、それを謳歌し、何の畏れも不安もなく充実した日々を送っていた。そんな1日の終わり、仕事からもどった彼女は恋人と落ち合い、愛犬を連れて夕暮れの散歩に出る。しかしその夜、彼女の人生は一変する。 突如襲ってきた暴漢に恋人を殺され、自らも重傷を負ったエリカ。ようやく退院し、アパートにもどるがなかなか外へ出て行くことができない。恐怖に足がすくんでしまうのだ。必死の思いで通りに出た彼女の足は、やがて銃器店に向かう。許可証がないため正規に銃を手に入れられなかった彼女は、チャイナタウンで闇取引きをし、1丁の銃を手に入れ、肌身離さず持ち歩くようになる。ある夜、コンビニで強盗殺人を目撃した彼女は犯人に追い詰められ、逆に持っていた銃で相手を射殺する。それがはじまりだった。 意外だったのは最大の焦点である「被害者から加害者になる転回」が彼女の意思ではなく彼女が銃を持ったことで、その銃がかってに動いて人を撃つ、という感じになっていたことだ。予告編で受けた感じでは、彼女が「復讐」へと動く前にもっと葛藤があるように思えたのだが、その葛藤は彼女のPTSDとの闘いというかたちで描かれている。殺すか否かという選択は彼女が銃を手に入れた瞬間に答えが出たも同然だった。電車に乗り合わせたチンピラや、少女を食い物にしていた女衒、犯罪組織の黒幕。人を撃つこと(殺すこと)で彼女の良心は痛まない。“殺されて当然の連中”だったからだ。 事件を追うマーサー刑事(テレンス・ハワード)は法の下でそれに準じて凶悪犯を追いながら、法を超えたところでの裁きを願わずにはいられない、焦燥を抱えた良心の男である。テレンス・ハワードが非常にいい。冷静で自分を失わず、知的。弱いものに寄り添う心情を刑事という硬いガードの下に持っているセンシティヴな男。エリカとマーサー刑事は互いに共通のものを見出す。 最終的に、マーサー刑事がエリカを逮捕するのか、が焦点になる。ラストの決断を見たとき、The Brave One というのはこの刑事のことなんじゃないかと思った。賛否を呼ぶ決断ではあるけれど。 ニール・ジョーダン監督。一歩踏み込んだカメラ・ワークがいい。監督の、というより撮影監督のセンスだろうが。特に冒頭、アパートの階段に腰かけて林檎をかじるエリカの後ろ姿を、内側からドア越しにとらえたカット。妙なアングルだな、と感じたのだが、後に、その内側と外側を隔てる一枚のドアが、恐怖で外界に出て行くことができなくなったエリカにとって、世界と自分を隔てる黒い壁のように立ちはだかることになる。小さいが印象に残るカットだった。さらに、犯人たちが自らの犯行をその場でビデオに撮りながら犠牲者を嘲笑し、暴力を楽しむ、という冒頭のシーン。吐き気が出るようなシーンだが、新しい感触があった。ネットにはそんな画像が無数にあるのだろう。それを見せつけられているような、バーチャル感とリアリティのはざま。 エリカの職業から考えて、もっと「音」を効果的に使えばよかったのにと思った。映像の緊張感に比べて音はむしろ優しい。またエリカを襲う暴漢やチンピラたちが黒人で、というのはあまりにもステレオタイプ。 ジョディ・フォスターには終始釘づけにさせられた。エッジの立ちまくった、そのエッジの先がすべて自分に向いているような緊張感。おもしろかったのはラブ・シーン。フィアンセであるインド系の外科医とのベッド・シーン(ほとんど吹替えだが)よりも、少女とのレズビアン・シーン(キスも何もないが)のほうがよりエロティックだった。
category : [Films] Screen 2007
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●ヘアスプレー2007 / 11 / 03 ( Sat ) No. 85
Hairspray
観た日 2007-10-24 太った女の子がそれにめげず得意の歌とダンスで人気者になっていく、というミュージカル。18歳新人、ニッキ・ブロンスキのデビュー作。 私が「見に行かなければ」と思ったのは、主人公トレーシーの太ったママが女装のジョン・トラヴォルタ、パパがクリストファー・ウォーケン、というのをTVスポットで見たからなのだ。特にクリス・ウォーケンは元々ダンサーで歌もかなりのもの。たびたび舞台に立ち、米TVなどでは音楽番組のホストをしたり、ショーケース出演などもあったのだが、なかなか目にすることができなかった。映画「ペニーズ・フロム・ヘヴン」でタップを踊る彼の姿はもう伝説である。(アメリカのレヴューで「クリストファー・ウォーケンがタキシードで踊るのを見るためならどんな映画にでも金を払う」と書いている人がいて、同志を見出した思いであった。) うわさ通り、楽しいエンターテインメント映画であった。冒頭から、普通の日常から唐突に歌が始まり踊りだす、という「ミュージカル」の洗礼を受ける。私の友人の1人はこのミュージカル的飛躍が生理的にダメらしく、「ありえない」と言って絶対にミュージカルを見ようとしない。確かに「ありえない」のだが、歌と踊りに引き込まれると、不自然が自然になってしまうのだ。新人ニッキ・ブロンスキののびのびと突き抜けるような声は明るくヴィヴィッドで屈託がない。 トラヴォルタのママがおかしかった。妙にキュートでいじらしいのだ。ジョン・ウォーターズ監督(ちらりと出演)のオリジナルではこのママ・エドナを演じたのがディヴァインっていうんだからたまげる。(ちなみに敵役の白人至上主義者のママ・ヴェルマはデボラ・ハリー。) 出演者たちの芸達者ぶりは書くまでもない。「コーリー・コリンズ・ショー」でホストを演じるジェームズ・マースデンがこれほど達者とはびっくりした。そしてモーターマウス・メイベル役のクイーン・ラティファ。その貫禄。その声。音の周りに滑らかな、とろりとした膜を塗ったような声で他にない。
category : [Films] Screen 2007
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●幸せのレシピ2007 / 10 / 28 ( Sun ) No. 84
No Reservations
観た日 2007-10-17 おいしい料理とシビアなレストランの裏側、岐路に立たされた女性シェフの生き方、などを見られるかな、と思っていたら、甘い砂糖菓子のような映画だった。おもしろくなくはないが、それはNY、ヴィレッジというロケーションに負うところが大きい。 苦労の末ヴィレッジの人気レストランの女性シェフとなったケイト(キャサリン・ゼタ=ジョーンズ)。料理ひと筋、周囲には少しばかり煙たがられている存在だ。突然の事故で姉を失い、残された姪ゾウイを引き取ることになる。なかなか心を開いてくれないゾーイがなついたのは、ライバルの副シェフ、ニック(アーロン・エッカート)だった。ストイックなケイトはイージー・ゴーイングなニックと相容れない。しかしレストランのオーナーは彼を気に入り、ケイトの後釜に据えようと画策。ケイトはピンチに立たされる。 姉の事故死は悲しくつらい出来事だったが、それとは別に続けていかなければならない「仕事」「生活」がある、という描き方は好きだった。多感な姪っ子ゾーイ、ニック、オーナーとの対立。小さいながら色々な事件が起こっていく。しかしエピドードがただ流れていくだけなのだ。ケイトとニックの恋愛もむしろ淡々と、大した障害もなく語られる。いつ最後のヤマがくるのかなと思っていたら、あっけなく終わってしまった。えっ?これで終わり? キャサリン・ゼタ=ジョーンズ、しっとりと美しい。しかしとても料理しているような女性には見えず、役に信憑性がない。アーロン・エッカートはミスキャスト。もっとイタリアンな俳優にすべきだった。2人ともそうだが、料理に対するときの「対峙」の仕方が浅い。いかにも素人。“苦労の末”シェフになった、という割にはその苦労が感じられない。鍛錬された料理人の面構え、というものがない。料理人、という設定がちょっと目先の変わった衣装に過ぎないのだ。2人が料理人である必然性が感じられず、「女性経営者とその部下」でも、「モデルとカメラマン」でも成り立ってしまう甘い作りだった。 オリジナルはMostly Martha ( 原題 Bella Martha )というドイツ映画らしい。海外のレビューサイトを見て知った。そちらのほうはドイツ人女性シェフとイタリア人スー・シェフとの対決もくっきりと生き生きしていているようで、よほどおもしろそう。 作り込みが浅いのは、結局「焼き直し仕事」だからなのだろうか。まあ、悪人が出てこない、なごめる映画ではあるけれど。エッジをすべてけずり取ったような作品。
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●エディット・ピアフ/愛の讃歌2007 / 10 / 22 ( Mon ) No. 83
La Vie en Rose ( English title )
La Môme ( original French title ) 観た日 2007-10-14 歌手エディット・ピアフやその数奇な人生については知らなくても、彼女の『愛の讃歌』を知らない大人はいないのではないかと思う。彼女が歌うオリジナルでなくとも多くの歌手が彼女の歌をカバーしている。その波乱に満ちた生涯も、たびたび女性ファッション誌などで特集され、パリ・モンマルトル・愛に生きた・運命・情熱・貧困・芸術家に愛された・・・そんなキーワードが必ず盛り込まれる。 ピアフはさまざまな人たちと出会い、歌手として成功し、自分のシャンソンの世界を築いていくが、この映画で心に残るのは出会いよりも「別れ」のほうである。母に捨てられたこと、父との別れ、愛情を注いでくれた娼婦たちとの別れ、親友との別れ、幼いわが子の死、恩人であるクラブのオーナーの死、そして決定的な恋人マルセル・セルダンの死。身体を裂かれるような痛みと深い傷跡を残したであろう「別れ」が何度も描かれる。1人の不世出の歌手を生み出すためにはあれほどの苦しみと懊悩が必要だったのだろうか。 カメラは晩年の老婆のようなピアフを容赦なく映し出す。交通事故の後遺症やリュウマチの痛みから逃れるために陥った麻薬中毒、アルコール中毒、神経症が彼女を食い尽くしていた。撮影当時20歳だったマリオン・コティヤールを特殊メイクで見事に老けさせたわけだが、70歳の老婆に見えるピアフが実際には47歳だったと知って驚いてしまった。 映画はピアフが生きた「時代」、彼女を評価した当時の社会や文化をまったく描いていない。ピアフとその取り巻き、あくまでピアフの側から彼女を描き出す視点だ。この点が物足りない。たとえば、コクトーを登場させて彼女と対峙させていたらと思うのだ。また「戦争」という重要なファクターも欠落している。(第一次世界大戦の只中、1915年にピアフは生まれた。パリ解放はピアフが29歳の時。) しかしこの映画のラスト、ピアフ45歳のときのオランピア劇場での公演で披露される「水に流して」には圧倒され、目が熱くなってぼろぼろ涙が出てしまった。「お約束」のような歌い上げなのだが、その歌詞、旋律、「歌」に込められた感情、ヴェニューの空気を底から持ち上げるような声の迫力、図太いバイブレーションが伝わってきて涙がどわっと湧き出てきたのだ。これが歌の持つ“ヴードゥー”なのだとあらためて思った。 俳優陣。20歳から47歳までのピアフを演じたマリオン・コティヤールの、まさに1人舞台。他にはマルセル・セルダンを演じたジャン=ピエール・マルタンス。本業はミュージシャンだが、ハンサムで無口な役どころが似合っていた。ちょっとサム・シェパードを思い出した。 ****** 余談。 酒に溺れ自分を失っていく若いエディットを見ていて、「身を滅ぼすぞ」「もっと自分を律してコントロールしなきゃ」と老婆心を抱いた。そしてふとマドンナの姿が浮かんできた。何が何でもスターになる、という決意のもと、底辺から這い上がってチャンスをものにした彼女。彼女の本当にすごいところは成功したその後にあると思う。成功につぶされることなく自分を維持し続けること。ドラッグやアルコールで自滅することなく、自分を律し、なおかつクリエイティヴであろうとする努力。それを20年続けている。
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●プラネット・テラー in グラインドハウス2007 / 10 / 14 ( Sun ) No. 82
Planet Terror in Grindhouse
観た日 2007-10-03 「グラインドハウス」企画の第2弾である。「デス・プルーフ」との間に挟まれた“架空の”映画『マチェット』の予告がおもしろかった。サム・ペキンパーへのオマージュである。 『デス・プルーフ』より映画としてはずっとおもしろかった。セリフだけでなく、こちらは動きがある。人物が動き、場所も動く。場面が次々切り替わり、退屈を防いでくれた。何より主人公チェリー(ローズ・マクゴーワン)とレイ(フレディー・ロドリゲス)のカップルがよかった。心情的にはかなりウェットな映画なのだ。 フレディー・ロドリゲス、なかなかいい。名前がロドリゲス、とあって監督の兄弟の1人かと思ってしまった。『ボビー』でメキシコ移民のウェイターをやっていた。『ボビー』でも印象を残したが、今回は小柄ながらマーシャル・アーツにも長けた銃器のプロ。しかしその正体は謎に満ちている。声がすごくいい。作った声だが、この重みがリアリティ。セリフにしろ、ポーズにしろ、このキャラクターに監督がどれほど入れ込んでいるか、伝わってくるようなリキの入った演出・演技であった。 とにかくそのパワーに圧倒される。しかも散発的なパワーではなく、全編にみっしり、むっちりと練りこんだようなエネルギーがある。荒唐無稽なとしか言いようがないストーリーなのに、それをささえる細部が周到で、凝りに凝ったマニアックな造形なのだ。しかもあちこちに笑いを散りばめ、見るものの緊張をガス抜きしていく。風船をめいっぱい膨らませ、針で突いてぷすーっと空気を抜いていくような感じなのだ。この波がおもしろく、最後まで目が離せなかった。 とてつもなくクールで気取った二の線と、おバカな三の線、そこにヴァイオレンスをぶちまけたようなスキゾなゾンビ映画。しかし恋人たち・兄弟・夫婦・親子、あるいは軍隊などさまざまな“人間関係”が組み込まれていて、次第に感情移入してしまった。 「役に立たない才能」をいくつ持っているか。いつかその「役に立たない才能」が統合され、目覚めて真価を発揮するというところ。いいな、と思った。 音楽もロバート・ロドリゲス。
category : [Films] Screen 2007
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withnail (02/03)
しょうこ (12/23)
good child (12/03)
withnail (12/02)
good child (09/22)
good child (07/27)
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