カンヌ映画祭

昨年の盛り上がりに比べて地味だったカンヌ。
いつ始まっていつ終わったの?
ニホン・メディアもメジャーどころはほとんどスルーって感じ。
アンジェリーナ・ジョリーが双子を妊娠中、という楽屋ニュースは世界をかけめぐったけれどね。

小粒な作品が多かった、という中、老舗の「インディ・ジョーンズ」が結構点をかせいだらしい。
小粒ながら深い作品、についてはあまり伝わってこない。バイヤーさんたち、頭抱えてるだろうな。買いたい、しかし入らないだろうことは充分予想できてしまうジレンマ。
tags: カンヌ
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ウォーター・ホース

The Water Horse Legend of The Deep
観た日 2008-02-13

子供とネス湖の怪獣の話。ストーリーの根幹はよくある「孤独な子供と動物の話」で新しいものはなにもない。しかし特殊技術は素晴らしい。水中生物であるネス湖のモンスターが犬かアヒルのように感じられるほど、当たり前のようにそこにいるのだ。普通ではないことを普通に何の違和感もなく見せているこのテクニック。これには降参。しかしモンスターの造形には不満があった。ツノがあり(かたつむりのような)、どうも「シュレック」に似ていて気に入らなかったのだ。

ストーリーは「フリー・ウィリー」だし、思春期以前の少年が主人公なので、屈折がなく、そこがひねくれた大人には物足りないのだ。もっと大人の話にしたほうが良かったと思う。ネッシーに夢中になっているのは実際大の大人なんだから。

主人公のアンガスを演じる少年、そばかすだらけだが、実に愛らしい。彼を取り巻く大人たちも節度ある演技だ。母アンのエミリー・ワトソン、父チャーリーにクレイグ・ホール、少年の理解者にベン・チャップリン、 そしてアッパー・クラスの指揮官クライドにビル・ジョンソン。

後はスコットランドの風景。これはもう涙が出るくらいきれいだった。ただし、一部ニュージーランドでのロケらしいのだ。最近ではスコットランドもすっかり俗っぽくなってしまったのだろうなあ。ネス湖の周りには観光客が押し寄せ、ロケどころではなさそうだ。

「景山民夫が見たら何ていうかなあ」というのがこの映画を見る動機だった。言いたいことはさておいて、「二ッ」と笑っただろうな。
category : [Films] Screen 2008
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28週後

28 Weeks Later
観た日 2008-01-23

『28日後・・・』の続編(あるいは姉妹編)である。ロンドンで発生した最強の「レイジ・ウィルス」はまたたく間に全英に拡がっていた。キラー・ウィルス発生当時海外にいて難を逃れた人々が帰国を許され、廃墟となったイギリスにもどってきた。ロンドンではドックランドの一画に隔離された居留地が作られ、生き残ったわずかな人々が軍隊に守られつつ、配給に頼りながら生活していた。スペインにいた姉タミーと弟アンディが帰国し、父ドンと再会を果たす。

さらに死んだと思われていた姉弟の母アリスが生き残っていたことがわかる。彼女は特異体質でウィルスに感染しても発症しなかったのだ。アリスに会うためドンは隔離されている彼女のもとに忍び込んでいく。

ドンは田舎の家に隠れていたところを感染者に襲われ、助けを求める彼女を見捨てて自分だけが逃げ延びた、という後ろめたさがあった。その許しを請い、和解のキスをするのだが・・・キャリアであるアリスの唾液が媒介となって彼はウィルスに感染、あっという間に発症する。このシーンが怖かった。彼はたちまちゾンビと化して、彼女を襲うのだが、彼が感染した、と知りその苦しむ様を見る彼女の表情。わずかに笑っているのだ。それは自分を見捨てて一人逃げた彼に対する復讐ではなかったのか。

沈静化していたレイジ・ウィルスは彼を新たな感染源にあっという間に居留地に拡がり、人々がパニックに陥る中、軍隊は感染者一掃のため全員射殺を実行する。

わずかに生き延びた数人の中に姉と弟がいた。弟が母の遺伝で感染しても発症しない特異体質であることがわかり、ワクチン開発の希望が見えた。彼を無事にイギリスから連れ出し、識者の手に委ねようとする。

******

人間的な葛藤が入り込む余地もないほど、ゲーム感覚で人間が死んでいく。感傷や悲しみに浸る時間もない、その刹那的な、生存願望。その元凶である「RAGE」に警鐘を鳴らす、というのがテーマではあるのだが、それはワキに押しやられ、二番煎じのゾンビ映画になってしまった。「28日後」では設定の斬新さがあったが、今回は救いがなかった。「人類」を描くには規模が小さいし、個人の葛藤を描くにはウィルスのインパクトが強すぎる。

しかし、ロンドン・ロケはまたしてもわくわくした。人気のないありふれた住宅地、ドックランド、爆弾でブッ飛ぶグリニッジ天文台などなど。

それからもう1つ。
ドックランドのキャンプで生き延びた数人の中に「サム」という青年がいた。ひょろっとした金髪の青年。このサムを演じているのがレイモンド・ウォリング Raymond Waring 。鴻上尚史の『ロンドン・デイズ』や『ドン・キホーテのロンドン』に登場するギルドホール音楽演劇学校でのクラスメイトのひとりで、彼の顔をスクリーンに発見したときには思わず「あっ」と声を上げてしまった。自分の知り合いが映画に出ているような、興奮を感じずにはおれなかった。レイモンドのおかげで、この映画の価値が(個人的に)少し上昇したように思う。
(*「ロンコール村出身のレイモンド」については上記鴻上尚史さんの著作参照のこと。)
category : [Films] Screen 2008
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アース

Earth
観た日 2008-01-16

BBC制作「プラネット・アース」の劇場版。『ディープ・ブルー』の姉妹編。しかし「ファミリー向け」に構成してあって、そのストーリー仕立てがどうもむずがゆい。けなげなゾウの子供や愛くるしいホッキョクグマの親子、ザトウクジラの親子。子供にはわかりやすいだろうが、その作為が教条的で素直に感動できないのだ。

しかし高所での空撮、とくに河の流れに沿って鳥瞰しつつ下り、最後に真下に滝を見ながら飛び出す、という流れは素晴らしかった。恐怖と同時に、わくわくするような興奮を与えてくれる、新手のジェットコースターに乗っているような映像なのだ。モーターパラグライダーでの空撮は、ヘリコプターやセスナでは実現できない浮遊感とスピードを経験させてくれる、ヒトにはそなわっていない三次元の感覚だ。自分の手でさわれそうな、すぐそこにある高所の風景。実にスリリングだった。

はるか地上を見晴るかす視線。同時に、その地上で何が自然に対して行われているか、地面を這う昆虫のような視線で見ること。地球の自然環境を守るためにはヒトの視線で見ていてはだめなのだと思った。ヒト以外のものの視点から考えてみること。そうすれば今何をするべきか、何をしてはいけないか、わかってくると思った。

語り手は渡辺謙。悪くないが、英語版ではパトリック・スチュアートなのだ。そちらのほうでも見たかった。
category : [Films] Screen 2008
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スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師

Sweeney Todd : The Damon Barber of Fleet Street
観た日 2008-02-01

クリストファー・ボンドによるオリジナル・ストーリー(’73年)をもとに、’79年、スティーブン・ソンドハイムとヒュー・ウィーラーがブロードウェイ・ミュージカルとして誕生させた『スウィーニー・トッド/フリート街の悪魔の理髪師』。人知れず殺人を犯しその肉を食べる、というシリアル・キラーとカニバリズムの「都市伝説」に基づいたヴィクトリアン・ストーリー。ミュージカル映画、しかもオリジナル舞台をそのまま映画化したものであり、歌われる楽曲もそのままだ。

しかし予告編では”歌”の“ウ”の字も出なかった。私も当初はまったくのストレート・プレイだと思って、ティム・バートンとジョニー・デップのコンビがこの血みどろの復讐劇をどう料理してくれるのか、期待大だったのだ。この予告編の、ある意味「インチキ」ぶり、「だまし」には英紙ザ・ガーディアンの評論家も頭に来たらしく、わざわざYOUTUBEの予告編まで貼り付けて記事を書いていた。

色彩設計、美術・セットが素晴らしかった。まさにオスカーものの職人芸。『コープス・ブライド』と『シザーハンズ』を掛け合わせ、そこからポップな色を抜き取ったようなイメージ。ブルー・グレイに薄汚れた19世紀半ばのロンドンの陰鬱な市街。殺人の舞台となる理髪店、パイ屋の造形など生々しい手触りがあった。唯一のヴィヴィッドな色である「血」の描写が、容赦なくリアルなところがよかった。ストーリー的には女の情念の怖さ。トッドの亡き妻にからんでの最後のどんでん返しは見事だった。

俳優たちの歌も達者なものだ。しかし、ストレート・プレイなら1行のセリフですむところを、延々5分の歌で聞かせるのがミュージカル、どうにも「間」が持たない。延々と歌を歌ってくれるお陰で、たとえばカメラがなめるように捉えるジョニー・デップの姿を、視姦するかのごとき好色の目で見つめることもできるのである。が、好きな場面ばかりではなく、話の展開上見なくてはならない場面まで歌にあわせて「じっくりと」見せてくれるのである。その、「じっくりと味わうようにすり込まれていく感じ」に、私などはむずがゆくなってしまうのである。もしそれが録画で、すでに話の筋を知っているなら、ほとんどの場面を早送りしていると思う。おもしろくなくはない。楽しめなかったわけでもないのだが。

映画としてのテイストは大好きだけれど、終始「自分が見たかったのとは違うよなあ」という抵抗感があった。同じ俳優・同じ設定でストレート・プレイを作ってくれないかな。
category : [Films] Screen 2008
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魍魎の匣

観た日 2008-01-02

昭和東京を彷彿とさせる西洋建築が並ぶ上海をロケ地に選び、ノスタルジックな設えを背景に、猟奇殺人の謎を追うという趣向。

最初は謎をあちこちにばらまいていく。少女連続誘拐・バラバラ殺人・匣を祭る奇妙な新興宗教・引退した女優とその娘を巻き込んだ、莫大な遺産をめぐる人間模様。散り散りになった切れ端を集め、不可解な殺人絵巻に当てはめていく。しかし早々に犯人がわかってしまい、ちょっと拍子抜けした。こいつ、怪しいな、と思った人物がそのまま犯人なのだ。猟奇殺人のほうはちょっとショッキングだ。誘拐された少女が瀕死の状態で発見されるのだが。乱歩的、と言おうか。少女=エロス=タナトスの図式が禍々しく残酷だ。

そのバラバラ殺人と、もうひとつ、マッドサイエンティストである博士の謎の研究、という2つのスジがあって、これがやがて1つにつながっていくのだが、この博士の流れがつまらない。戦後すぐ、という設定だから、現在のような実験設備のハイテク・モダンは期待できないが、あまりにもちゃちい。ハイテクを打ち出すよりもむしろ、ローテクで描いたほうが、おどろおどろしさが維持できたように思える。もっと手仕事の、手作業の医療、というか。

乱歩の魔、と陰陽道の摂理・解読のおもしろさがヘタなハイテクで損なわれてしまった。

しかし、京極堂を囲んで友人たちが集い、うな重などをいただきながらあれこれと、うだうだと、会話をつなげる箇所はまったりと楽しかった。ディレッタンティズムと知の遊び、心を許した友人たちとの時間。そんな周辺に妙に惹かれる映画だった。
category : [Films] Screen 2008
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